管理人はアドベントキャンドルが大好きである。
このカウントダウン的なワクワク感。そのアドベントキャンドルがついに4つとも灯ったのである。来週はクリスマスである。
アドベントキャンドルが4つ灯った。もうすぐクリスマス。 |
思えば、クリスマスがなんとなく楽しみになったのはここ数年で、昔のブログでは
「クリスマスなんてない方がいいのに」
と愚痴っていたものである。
さて、今年のクリスマスは全く静かなものになりそうである。
今日、クリスマス用の鯉とかウサギとかを買いに行ったのだが、残念ながら満足に手に入れることはできなかった。鯉は売ってなかったし、ウサギも前足しか買えなかった。致し方ない。コロナだし、夫婦二人と犬一匹のクリスマスである。簡易バージョンで行くこととしよう。
さて、アドベントキャンドルはこの後どうするのか?
アドベントキャンドルは基本的にクリスマス前は日曜日にしか灯さない。
クリスマス直前の日曜日に4つの蝋燭に火を灯して、その後はクリスマスまで火は灯さない。
クリスマス当日には4つの蝋燭に火を灯してクリスマスの食卓を演出する。その時はもう4つでなくてはいけないわけではなく、とにかく残っている全ての蝋燭を灯すのである。
4 件のコメント:
管理人さん 変なメールを送ってしまったかもしれません。素面も素面だったのに
なぜか以前のブログが出てきてしまって勘違いして、またブログを引っ越されたのかと
思ってしまったのです。日付に注目すればよかったのにやっと気が付いたのは今朝。
コロナの影響で物流が停滞気味なんでしょうね。鶏肉の骨付きもも肉というのは
なんの抵抗もなく受け入れられるのに、ウサギの前足となると読むだけで身構えて
しまうのはやはり食習慣がないからでしょうね。
天国のお母さまも今年は目をつぶって下さると思います。でもいったん楽すると
次もまたになってしまうものですが、管理人さんなら大丈夫そうです。
このラトビアへ嫁に行くかの初期の頃
そういえば「ああ、やっとクリスマスが終わった」とか「イースターが近づいてくる、どうしよう」なんて記事を読んだ覚えがあります。
今にして他人の私が考えるにドイツの占領それに続くソビエトの占領に続いて極度の混乱飢え貧困の中で子供を育てる経験、ママという女性にとって文字どおり筆舌に尽くしがたい地獄の苦しみだったに違い無い。
そんな中で唯一心が開けるのは教会へ行って神様に祈り対話する、何が変わるわけでは無いがそれにすがる気持ちはわかります。
その経験は逆にクリスマスやイースターなど大きな節目は言うに及ばず聖人たちのなんというのですか亡くなられた日の祈りなど教会が決めたしきたりを一歩も過たずに踏むことで今の暮らしが成り立っている、そんな脅迫観念のようなものを持たれたのも宜なるかな。
言うだけなら簡単よねぇとあなたは怒られるかもしれないがお寺に参るバァ様たちの行動とその人生がわかればわかるほど信仰というものに頼る、頼らざるをえない不幸、とでもいうものを実感致します。
今では二人と一匹のクリスマスを心待ちにしておられる、その豊かさが楽しめる時代に生まれ合わせたことに感謝…ですね。
ファラデーという人が書いた「ろうそくの科学」という本ろうそくが燃えるという現象の中に科学も物理学も天文学すら混じって森羅万象がそこにあるという内容、もうお読みになったかもしれませんが。
こんにちは、紫陽花さん。
大丈夫ですよ。一瞬、あれ、旧ブログがハッキングされて紫陽花さんのメアドが流出したのか?!と思いましたが、あ、多分、旧ブログと今のブログのデザインが同じなので、たまたま旧ブログへ行ってしまって、あれ?っていうことになったのかなと思っていました。残しておくと混同しがちですね。実は写真データの移行がまだ終わっていないので、終わりしだい旧ブログを閉鎖しようと思います。
日本ではうさぎはやっぱりちょっと、という人が多いと思います。うちの旦那は日本人の友達のお嬢さんにうさぎ肉の缶詰をお土産に買っていって絶交されてました(笑)。
こんにちは、さんさん。
懐かしいです(笑)。
旦那はクリスマス休暇とイースター休暇が近づいてくると目が虚になり、必ず風邪をひく。私は面倒臭いことを避けるために敢えてマイナス10度の窓ガラス掃除に勤しむ。教会へ行くまで試練が続き、教会へ行ったらパアーッとリラックスできるという。
今年はコロナでクリスマスといえども教会は無人でミサでテレビ配信です。教会へ行くことが毎日の日課で運動でもあり、社交の場だったお年寄りたちが弱ってるんじゃないかと心配でもあります。
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