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2026年3月20日金曜日

ミートスライサーを買う

 海外生活で何気に困るのは薄切り肉が手に入らないことである。

基本的に肉は塊で売られている。最近こそステーキ用の牛肉や豚肉が売られるようにはなってきているものの日本で普通に売られている豚バラ肉のような薄切り肉は存在しない。薄切りで売られているのは基本的にハムとかぐらいである。それでも管理人は郷に入っては郷に従えの精神で塊肉の料理を覚えて作ってきたわけである。ところが、マドリッドへ旅行に行った際に旦那がブロック状の生ハムの塊を買ったのである。その時の旦那の言い分はこうである。

あとでミートスライサーを買ってスライスすればいいよ

それからだいぶ経ったがミートスライサーはリガで購入するのが結構難しく、そのままスライサーが無いからということで生ハムの塊は冷蔵庫の中で眠り続けてきたのであった。

そんな折も折、管理人家ではiRobotのルンバのステーションのゴミ溜め袋が切れてAmazon.deに注文せざるを得なくなったのである。iRobotは一旦経営が悪くなってラトビアからは撤退したためルンバの部品などはちょっとお高めなのでAmazonで純正品では無いものを買うことにしているのである。だが、それだけだと送料がかかる。

何かAmazonで買うものってある?

と旦那に聞いたところミートスライサーという返事が返ってきたわけである。

さて、ミートスライサーは大変満足のいくものであった。生ハムもかなり薄く切れる。生ハムは実は薄いほど美味しいのである。これなら牛肉を凍らせてスライスしてしゃぶしゃぶもできる。霜降り肉は手に入らないが心が躍る。とはいうものの日本のようなカセットコンロはこちらには存在しないのでそこもなんとかしなければならない。しゃぶしゃぶへの道のりは遠い。一つひとつ問題を取り除いて最終的に到達するしゃぶしゃぶを心に描いて行くしかないが、それでも一つしゃぶしゃぶへ近づいたという確固たる一歩であることは間違いない。



2026年3月19日木曜日

食洗機の不具合、とうとう職人さんを呼ぶ

 今年の1月になんとなく調子が良くなった管理人家の食洗機である。
だが、その後再びi20エラーが出てさらに洗浄効率が落ちているような感じだったのでとうとう職人さんを呼ぶことにしたのであった。

我が家の食洗機はビルトインタイプのElectroluxのものである。13年使っている計算になる。

症状は運転開始から15分ぐらいで「排水できません」というエラーi20がでて、その際に一旦スイッチを切って食洗機内に水を3Lぐらい追加で入れるととりあえず最後まで洗浄をするというものである。

Electroluxのサービスにはいくつか種類があり、管理人夫婦はその中の「固定プラン164ユーロ」というのを選んだのであった。これは職人さんがきてくれてパーツ交換が必要な場合は純正部品を使う、直らなかった場合は返金、直った場合は2年間の保証、というものである。症状を説明してElectroluxのサービスの方で直りそうかどうかを判断して直りそうな場合は専属の職人さんを派遣してくれるというものである。

職人さんは70歳は超えているんじゃないかという人だった。

参考までに修理の様子を眺めさせてもらっていたら、どうやら排水系が汚れで詰まりかけていたようである。旦那に予防策を聞いてもらったところ

ああ、これは予防しようがないんですよ。構造上の問題で排水系に汚れが詰まりやすくなってるんです。こまめに掃除するしかないですが、掃除には分解が必要です。つまり私を呼んでもらうことになります。製造元もこの問題は認識していて最近のモデルではこの構造上の問題が解決されています。

とのことだった。
つまり、今から2年間は今回の修理の保証期間なので似たような症状が出たらElectroluxに連絡して職人さんに無料で掃除してもらうことができるが、それ以降になるとまた費用がかかる。それ以降はきっと買い替えということになるのであろう。

まあ、そんな具合だが、スイッチを入れたら久しぶりに何事もなかったかのように最後まで仕事をしてくれる食洗機にちょっと嬉しい管理人であった。

2026年3月15日日曜日

シソとの出会い

 先日旦那と映画を見に行った後にどうせなら食事をしようということになった。

映画館の近くのLa Kannaというレストランである。
以前にもここで食事をしたことがあり、その際には壁にかけられていた絵が気に入ってその画家さんと連絡を取って購入させてもらったという経緯のあるレストランなのである。

映画の終了時間に合わせてテーブルを予約しておいたのである。店に着くとちょっとマッチョで腕に色々とタトゥーの入った店員さんがニッコニコで出迎えてくれたのであった。なんだかどこかで見た覚えのあるニッコニコ具合である。

管理人はザンダルス(鱸かなあ)の切り身のグリルを注文したのであった。旦那はいつものようにステーキである。赤ワインも頼んだ。すると、やってきたザンダルスのグリルには何やら緑色の葉っぱが載っているのである。

😮シソだ

管理人は恐る恐るシソと思われる葉っぱを食べてみた。

😮シソだ!!!紛れもなくシソだ!こんなところにシソが!!!!

一体何を興奮しているのかというと、ラトビアに移住して20年必死に探し続けていたからなのであった。やった!最近加速している日本食ブームがようやくシソをラトビアに届けてくれたのか!

さて、食べて確かめてみた紫蘇はただただ感動しているだけでは済まない。

どこで買ったのか聞かなくちゃ

というわけでそれからは魚を食べながら頭の中でラトビア語の組み立てである。あのニッコニコの店員さんがお皿を下げに来たタイミングで聞かなくちゃ!

😀すみません、お伺いしたいんですが、この料理に入っていた緑色の葉っぱ、どこで買いましたか?シソって言うんですが。

👨あ、聞いてきますね

と店員さんはキッチンで聞いてきてくれた上にシソの入ったプラスチックの箱を見せてくれた。

👨これ、ナートレだと思うんです。(ナートレとはラトビアに自生している植物で確かに葉の形はシソに似ている)

😐いやいやいやいや、ナートレじゃないです。ほら、ここにSHISOって書いてある。で、どこでこれ買いましたか?

と追い討ちを掛けつつ必要な情報を聞き出して管理人は満足していたのであった。すると旦那が突然、

👾あ、じゃ、それ売ってください。

え?いやいやいやいや、もう情報聞き出したし、ここレストランだし、自分で探すし。。。

と旦那に言うもその間にニッコニコの店員さんはキッチンに掛け合いに行ってくれてその後ルンルンで戻ってきたのであった。

👨OKでーす。

おお、思いもかけずにシソのパックが手に入ることとなった。

シソだよー、シソ。こんなにいっぱい。

とニヤニヤし続けている管理人を見て旦那は店員さんに言った。

👾彼女、今日はこのシソの箱を枕元に置いて寝るよ、きっと。

さて、その後お会計の時にニッコニコの店員さんは言った。

👨以前、Vina Studioによくいらっしゃってましたよね。僕、あそこで働いてたんです。

もう10年以上も前のことだ。今のアパートに引っ越してからはちょっと行くのに不便になってしまって行かなくなってしまったワインバーである。

ああ、どうりで見たことのあるニッコニコの顔だったわけである。



2026年3月12日木曜日

映画Putnubiedēkļi(Scarecrow)

リガにはSplendid palaceという古い映画館がある。

この映画館はリガの新市街にあってその建物と内装がとても優雅で小さなオペラ劇場のようなのである。管理人はまだこの映画館で実際に映画を見たことがなかったわけである。何か面白いものはないかとネットで探していたらPutnubiedēkļiというラトビアの映画が公開直後でこのSplendid palaceで上演するという情報を得たので早速旦那と行って来たのであった。

Putnubiedēkļiというのは日本語に訳すとカカシである。ちょっとニュアンスが違うのかもしれないが鳥を追い払う者という感じである。

このドキュメンタリー映画はリガ国際空港で飛行機の安全と周辺から紛れ込んでくる野生動物の両方を守る空港スタッフの仕事についてのものである。空港はリガ国際空港に限らず特に鳥については最新の注意を払っている。それは間違って鳥が飛行機のエンジンに飛び込んでしまったらそれだけで大きな事故になりかねないからなのである。

ドキュメンタリーなので映像は実際のもので、ウサギや狐、様々な鳥たち、ネズミやハチまで空港の対動物班Scarecrowは何にでも対処するのである。着陸する飛行機のタイミングに合わせて空砲を打って鳥を追い払ったり、迷い込んだウサギをフェンス際まで車で追い詰めて上手くフェンスの切れ目から外へと誘導したり。空港内の他の職員からの動物目撃情報を受けて出動したり。滑走路脇の緑地付近にミミズが発生しているとカモメが寄ってくるからということで一掃作戦を展開したりする。

普段目にすることのない空港の裏側を見せてくれた映画であった。

今年で102年という歴史ある映画館。



2026年3月9日月曜日

上原ひろみさんとリエパーヤオーケストラのコンサート@2026

 冒頭から書くべきことは、ただただ圧巻の今まで見たことも聞いたこともないコンサートだったと言うことである。

何しろチケット発売当日に意気込んで最前列の真ん中を取ったのである。それが、ひろみさんからの距離1.5メーターといった感じである。大迫力の音と彼女の腕の筋肉の動きまで見える距離である。

全く語彙が見つからない。心が揺さぶられるなんてものではない。ジャズの神様が降臨しているのがよくわかる。ああ、チケットとって良かった。生涯の思い出になるコンサートであった。

「嫁がどうしても行きたいというコンサートだから、まあ、あまり期待しないでやってきた」

と言う旦那はスタンディングオベーションの時に

ブラーバ!!(ブラボーの女性形)

と叫んでいた。いや、ジャズのコンサートでブラボーとか言うのかどうかわからないが、凄すぎて驚いたのだそうな。確かに会場は総立ちであった。

さて、コンサートの写真などはないのでリエパーヤの風景をどうぞ。

リエパーヤは漁業が盛ん

運河はまだ半分凍っている



コンサート会場の「琥珀コンサートホール」


何しろ最前列席でワクワク

リエパーヤの郷土料理「リエパーヤス・メンチニ(鱈)」
ジャガイモと鱈の燻製のクリーム煮をオーブンで焼いたもの。ディルがふんだんに入っていて素朴なのにやたら美味しい。



2026年3月6日金曜日

リエパーヤ

 リエパーヤというのはラトビアの西部海岸に位置する都市である。

管理人は冬にしか来たことがないが、夏は素敵なビーチが人気の避暑地である。

今回管理人夫婦はぴえちをトレーナーに預けてリエパーヤで催されるコンサートのために来ているのであった。それは管理人が大ファンの上原ひろみさんのコンサートである。

コロナ禍に予定されていた彼女のリエパーヤのコンサートに行く気満々だった管理人はその後にコンサートがキャンセルされたことにがっかりしたのである。だが仕方ない。もう祈るしかない。一度予定を組んだのならきっと何年かして実現するんじゃないか。それなら待とう。来てくれることを祈って待ち続けよう。

そしてひろみさんは来てくれることになった。

管理人は嬉々としてチケットを取った。そしてその日のためにリエパーヤへやってきた。

そしたら奇跡が起こった。

コンサートのために2泊3日のリエパーヤ旅行を組んだ。コンサート前日にリエパーヤへついて宿泊するホテルのレストランで食事をしていたらひろみさんがやってきた。

これは夢なのか幻なのか、でも目の前にいる人はその人そのものである。

こんなプライベートな場所で声をかけるのは失礼である。でも管理人は感情を抑えきれずに話しかけてしまった。失礼極まりない。それでも素敵な笑顔で返してくれたのである。

今日はそれだけで胸がいっぱいの管理人である。

明日のコンサートが楽しみである。


2026年2月28日土曜日

スーパーの花

 ようやく気温がプラス域に入り始めたリガである。

そうは言ってもそのままとんとん拍子に春になることはない。3月は普通にマイナス気温が続く寒い月となるはずである。花が咲くのはまだまだ先である。

管理人は普段の買い物をほぼ全てスーパーのオンラインショップで済ませている。
というのも、あ、アレがない、これがない、と気づいた時にオンラインショップのバスケットに物を追加しておけば忘れないし注文する場で本当に必要かどうかを吟味することができるという合理性があるからである。さらに水や肉や白菜などの重いものも届けてくれるというのは大変便利である。一定以上の買い物をすればデリバリー料金はタダになる。

そんなスーパーのオンラインショップには実に様々なものがある。
例えば切花である。

バレンタインデー直前にはチューリップ50本が11ユーロ(二千円弱)であった。

色は選べない。だが十分気分は上がる。50本のチューリップをまとめて活けられる花瓶はないので3つに分けてみた。

まあチューリップの切花は10日ももてば御の字である。大変楽しませてもらったのであった。

つい先日は日用品に加えてヒヤシンスの切花を注文した。6本入りで3ユーロ(550円ぐらい)である。これも色は選べない。

3本は大きめでもう3本は小さめ。時間差で咲いてくれるのでこれもきっと10日ぐらいは楽しめるのではないかと期待。開花し始めたらとても良い香りである。

ちなみに値段は普通の花屋さんで買うのと比べると格段に安い。チューリップは小ぶりの花だったがそれでも50本となると100ユーロぐらいはするのだと思う。ヒヤシンスも花屋さんで買えば一本最低でも2ユーロはするはずである。

まだまだ遠い春への繋ぎとして花を飾ることにした管理人であった。

2026年2月27日金曜日

引退したかのような毎日はどのように活性化するべきなのか

 実はこの2月から旦那は教授職を退き「名誉研究員」というものになったのである。

これは教育関係の義務から解き放たれ、研究だけをやっていれば良いというものである。日本では名誉教授とかは無給だがこの名誉研究員というのは有給で3年間続くのである。さらにこの間に3報の論文を出せばさらに3年継続できるというものである。資格は大学勤務20年以上と年金をすでに受給していることと過去3年間に3報以上の論文を出版していることである。

日本の教授はせいぜい講義をするぐらいで教育に関する部分は助手(今は助教というのだと思う)が実習も成績付けも全部やってくれるのだろうから教育は大した手間ではないのだと思う。だが、ラトビアでは結構教授も大変なのである。というのもラトビア人学生と留学生合わせて500人ぐらいいると追試に追われたり学生から文句がきたり特に学期末にはギリギリまで追試を受けずに粘っていた学生などに変な心配をさせられるのである。

まあ、そんな面倒な業務から旦那はめでたく解放されたわけである。だが、問題は研究というのは大学院生の指導だけなのでほぼ電話やZOOMで十分でほとんど大学へ行く必要がないということなのである。

というわけで旦那と二人家で過ごすという毎日が始まったわけである。

かくいう管理人も大学へはほとんど行かないからである。

そんな毎日はぴえちの散歩で保たれている。ぴえちがいなかったらずっと座ったままだ。そこで旅行計画を立てては見るもののそんなに頻繁に旅行へはいけない。普段の買い物もデリバリーである。特別に何か買いに行こうという気にはならない。

そこでラトビアのニュースサイトで話題になっている映画に誘ってみたら行くという。意外に乗り気である。ちょっと、これからは色々とイベントへ連れ出してみるかという気になっている管理人であった。

2026年2月22日日曜日

さんさん、お元気ですか

 さんさんのコメントがつかなくなってもうしばらく経つ。いつも元気そうにウイットの効いたコメントをくれていたのに。さんさんとはメールでやり取りもしていた。だがそのメールアドレスももう抹消されている。肺がんだったしなあ、もういなくなっちゃったのかなあ。元気なら元気ってコメントくださいな。お願いですよ。さんさんがずっと言ってくれた古いブログも復活のメド立ちましたよ。さんさんがずっと言ってたから「しょうがないな」ってやっとなんとかしたですよ。あなたが褒めてくれなかったらやりがいないじゃないですか。

さんさんがコメントしないならここで公開お葬式しちゃいますよ
1週間待ちますよ。

わしゃ、生きとるわい

を待ってます。

2026年2月20日金曜日

ラトビアへ嫁に行くか2005プロジェクト始動!

 というわけで予告通り始動した2005年一人プロジェクトである。

https://note.com/latvianstyle

で順次古い投稿を少しづつまとめて投稿していくことにしたのである。今日は最初の投稿でブログを始めたところから結婚手続きのための書類を揃えて一時的に渡航するまでである。このnoteというプラットフォームは記事がサムネイル付きで並ぶのでイマイチどの順番で読んだら良いのかが分かりにくい。そこで[ラト嫁2005_1]というように古い順に番号を振ることにした。

何しろ13年分の記事をUPしていくことになる。長丁場になるはずである。

UPする時にはもちろんその分を読み返すわけである。あのママとのドタバタな毎日を読み返すのは楽しみである。

2005年プロジェクトについては淡々と昔の記事を整理してUPしていくだけなので、毎回ここで触れることはないと思う。このブログは管理人とラトビアの今を綴っていくつもりである。

ラト嫁2005年プロジェクトの進捗状況は画面右上のリンクからいつでも確認できます。


2026年2月19日木曜日

ラトビアへ嫁に行くか2005年プロジェクト始めます

 ブログのホストを二回変えてみたことで2005年から2018年までの記事が現在公開されていない状態である。それでもバックアップはとってあるので記事自体は管理人の手元にあるのである。だが、この記事のファイルというのが結構厄介で、不要なHTMLのタグが入っていたり色々でこれを綺麗な形にしてこのブログに一つ一つ挙げていくというのが膨大な作業となってしまう。ところが、昨今のAIの進化で「こんなふうに記事を取り出してね!」とお願いすれば良いということがわかったのであった。それでもこのブログへ一つ一つ上げていくのは手作業になってしまうのでnoteというプラットフォームを使って「ラト嫁復刻版」を作ることにしたのであった。

復刻版はあの当時のブログを数週間分まとめて一回の投稿にするという形にしようと計画している。今日はその下地づくりをしたのであった。これからAIに綺麗にフォーマットしてもらった記事を精査してぼちぼちとnoteへ上げていこうと思うのである。何しろ13年分のブログ記事なので時間はかかると思う。さらに、何しろ20年前の事情と今は違うのでところどころ注釈も入れないといけないかなと思っているのであった。当時のブログに入れていた写真も結構厄介な問題ではある。が、それもぼちぼち入れ込んでいけたらと思う。

AIに綺麗にフォーマットしてもらった記事をあらためて読むと、忘れていた感覚が戻ってくるようである。ああ、確かに日本の家財道具始末するのは大変だったなあとか、書類集めるの大変だったなあとか、大変なことばかりの連続の日々だったなあと20年前の自分を褒めてあげたい気持ちになるのである。

noteへ記事を上げたらこのブログでURLなど逐一お知らせさせていただくつもりである。
よろしければお付き合いいただけたらと思う次第でありまする。