今日はラトビアが国際社会に国家として認められてから100年の記念日だったのであった。
そんなにめでたい日なら臨時の祝日にしても良いのではないかと思うのだが、なんの変哲もない普通の火曜日であった。唯一、TVのニュースで、ニュースキャスターがいつもよりきちんとした服装で出てきたことと、大統領の演説があったことぐらいのものであった。だが、そのTVニュースの中で各国からのお祝いのメッセージで、イタリア、フランス、ドイツ、イギリスなどに混じって、なんと、菅総理からのお祝いビデオメッセージも放送されていた。あんなに国会で声出すのが辛そうなのに、ちゃんとお祝いのメッセージは卒なく送っているのだなあと。まあ、日本では知名度の低いラトビアにお祝いメッセージを送っているなんて日本のマスコミでは取り上げもしないだろう。管理人はちょっと嬉しかったのである。
8 件のコメント:
へっ?”国家としての”ラトビアが国際的に認められて100年?なんですかその持って回った言い方は、というのが今日の記事を読んだ最初の印象です。
ラトビア大使館のページから検索すると、ほんとにラトビアの歴史って泣けてくるような記述が続きます。よくもまぁロシアにスエーデンにドイツにポーランドにいじめたくられながら「俺たちゃラトビア人」という意識を持ち続けられたものです。この辺りを考察した論文が読みたいな。
で、なんですって1921年ラトビアが誰の所有物でも無い独立した国家だって国際的に認められたって「国際的」って言ったって6カ国だけじゃ無いですか、しかも日本がちゃっかりその中に入っている。
そっか、第1時世界大戦が一応連合国側の勝利で終わってなんとなく戦勝国づらしたがった、いやロシアとの張り合いからでしょう、日本はなんとかヨーロッパで一人前の顔を見せたかったのだろうと思います。フランスやイギリスと並んで認証書類にサインをする、なんかドヤ顔が目に浮かぶ。
知りませんでしたがラトビアはドイツとロシアの間の中継貿易で利をあげていたばかりではなくて自ら工業国として発展しかかっていたのですね。ロシアで使われた自動車の第一号はラトビア産だったって。
織田信長が若い時バカの真似をして周囲の目を欺いて生き延びたと聞きますがこれだけ強国に囲まれて高い能力の国民と恵まれた立地にあれば信長の真似をしても周りはこの国を見逃してはくれなかったでしょう。
ソビエトの崩落とともに初めて手にした本当の独立、まだあちらにもこちらにも妥協やら服従を強いられるものでしょうが人間という生き物の経験の積み重ねが「オメェラ今日から俺のもんな」というむき出しのもので無い自主を認めつつ有りと無いを融通し合う関係を続けていけますことを祈ります。
管理人さん、こんにちは。管さん、やっぱりソツがないことやる人なんだ!申し訳ありませんが、はい、こちらのニュースでは見かけずでした。官房長官の頃はソツないイメージでしたが、総理大臣としては地味(個人的印象ですが)さて、ワクチン接種のデモンストレーションのニュースやってますがワクチン供給が遅れる話しもあり、小さい自治体は人手の確保も難しいだろうし。
こんにちは、さんさん。
きっと、この100年前に国家としてラトビアを認めた国の一つだからこそ、日本という国はラトビアでは評判の良い国なのだと思います。1921年にいち早くリガに大使館を設置し、第二次世界大戦後に撤退しています。
いやはや、それでも昨日のTVのニュースにいきなり菅総理大臣の映像が出てきたのには驚きました。グッジョブ、ガースー!です。
こんにちは、megmeg殿。
もしかしたらラトビアから要請があったのかもしれませんが(笑)。そうだとしても、ラトビアの人たちには良い印象を持ってもらったんじゃないかと思います。そうあって欲しいです。ちょっとお疲れ気味の感じでしたが。
ワクチン、スムーズに打てると良いですね。ラトビアでもやっぱりニュース番組ではワクチンの話が多く出てきています。
いえいえ、大戦後いつ再開したのか書いてありませんが2021年現在確かに
リガには日本国大使館が存在いたします。
外務省のHPにはそう書いてありましたよ。
しかし偉大なるかなGoogle様、これ私が学生の頃だったらまず図書館が開くまで待ってから
然るべき本を借り出して望のページを開けて…
2時間も3時間もかかる作業、恐れ入谷の鬼子母神。
こんにちは、さんさん。
もちろん現在リガには日本大使館ありますよ。ソ連時代は閉鎖で、ソビエト崩壊後の1992年にスウエーデン大使が兼任していたため、大使は常駐していませんでした。大使が常駐するようになったのが割と最近の2009年で、この「大使が常駐する」ことによってやっと大使館になったと在ラトビア日本大使館のHPに書いてあります。私は2005年からリガに居るわけですが、2009年の「ラトビアに日本大使館開設」というニュースを聞いてかなり驚いたわけです。あれは大使館じゃなかったのか!それまで日本大使館だと思っていたのは「在ラトビア兼勤駐在官事務所」だったという。
なんだ、例によって水増しでありましたか。
「どうせちっぽけな国でろくに用事もないんだから…」感満載ですね。
はるかな昔オーストラリアの領事館にお勤めだった方が「このたび駐ラトビア大使館に転勤いたしました」という挨拶状をいただいた記憶があります、そう2009年よりはるかな昔です。
水増しのまんま外向けには押し通していたんんだなぁ、ほんとにもぅ人間という生き物は、と考え込んでしまいます。
こんにちは、さんさん。
でも、事務所には「日本大使館」って書いてありましたですよ。それは日本国籍を有するものにとってはもちろん大使館で頼りになる存在で何かあった時にはお願いしますてきな存在なわけです。まあ、外務省の中の呼び方が違うっていうレベルのものなのだと思います。実際、サービス等は何も変わりませんでした。ただ、きっと「大使館勤務」と「事務所勤務」は印象も理解度も違うからなんでしょう。外務省的な名称の違いはあれ、業務は同じのはずですから。ただ、大使が常駐してるか否かだけです。
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