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2021年2月24日水曜日

始めないから不安が募る

 新学期は2月1日から始まってはいるものの、まだ自分の授業は始まっていない管理人である。今学期は幸いなことに、新人教師が加わってくれたので、管理人が直接教えるのは週に2コマだけである。講義は全部録画してある。現在、3コースを受け持っていて、1コースだけが管理人の直接教える授業となる。あとは別の教師が受け持ってくれる。だが、コースの担当なので、試験問題やらを作ったり、教材をアップデートしたものに作り変えたりする必要はあるのである。

というわけで、明日から管理人が直接教える演習がスタートするのであった。

もう、この在宅勤務の自由さに慣れすぎて、一番の心配は、朝、ちゃんと起きられるかどうか、である。何しろ最初の授業は朝の8時からである。つまり、朝5時ぐらいには起きないと、最低でも6時には起きないとダメである。ああ、もうそれだけが心配なのである。目覚ましをかければ良いだけの話だが、なんとなく不安なのであった。

というわけで、今日は早く寝ようと思う。
明日は頑張るぞっ、というよりは、明日の2コマが終わった後の開放感の方を楽しみにしたいと思う。


2 件のコメント:

さんさん さんのコメント...

このあいだの「好きなこと」の話題の続きじゃありませんが
好きなことがなるべくたくさんできるように人生では必ずその対価を支払わなければならない。
対価は肉体あるいは精神労働の場合もあるし金という便利な道具に置き換えて交換が完了するときもあるしあるいは
恩義とか”貸しを作る”とかのややこしい話のときもあるけれどともかく手に入れるもの、満足とその対価は釣り合っている…たいていは。

大学という組織の一つのコースの責任者としてもろもろ無数の変数に目を配ってそのコースを選択した学生が得られるものが最大になるように按配する。
「慣れりゃどうってことはないのよ」などとおっしゃるかもしれませんが人を教えるということの重さをつくづく考えます。

教えるといえばアメリカのミセスバイデン、新聞のコラムニストに切った啖呵がかっこよかったですね。
「三流大学で教えることよりファーストレディーに徹する方がはるかに祖国アメリカに奉仕することに…」とあてこすったコラムニストに「教えるということはわたしの命がけの行動。教えることと切り離してのわたしは存在しない。ファーストレディーであるということはミスターバイデンが大統領に選ばれた時にたまたまわたしが配偶者であった、ただそれだけのこと。そんなことを教えてあげなきゃいけない人だったんだっけ、あんたは」
くーかっけーっ。

Mikija さんのコメント...

こんにちは、さんさん。
ええ、続きなんです。
私、あんまり教えるのは好きじゃないんです。学ぶ方が楽しいのです。ただ、深く学ぼうとしたら人に教えるのが1番の近道ではあるんですよね。わかりやすく説明するには、ちゃんとわかっていないと無理なので、まあ、そんな感じなんです。バイデン夫人、かっこいいですね。旦那が大統領にたまたまなっただけ、私は私、というところがさすがだなあとおもいます。