比較的、落ち着いて計画を練ることが出来ている今年のイースターである。
本日は買い物第一弾へ行ってきたのであった。
今年のイースターの献立計画は以下の通りである。
- 肉のゼリー寄せ
- 鯉のテリーヌ
- うさぎのレモン生クリーム煮込み
- 牛肉のコンソメスープ
- クレームビュブレ、もしくは、パブロバ
肉のゼリー寄せの材料は、旦那監修である。つまり旦那が勝手に買ってくるのである。何だろう、この肉に対する思い入れ。本来は、豚足とかのゼラチン質を利用して固めるのだが、旦那は今ひとつそこのところがわかっておらず、豚足を買ってこない。まあ、よかろう。何とかしよう。コンソメスープ用の牛骨も既に調達済みである。残りは明日、管理人のみで買い物に行って調達しようと思っているのである。鯉とうさぎは必ず手に入れたいのだが、どうなることやら。そして、デザートには何を、と思い悩んでいたのだが、今年は多分パブロバに挑戦してみたいと思うのである。パブロバは卵白のみを使うので、失敗した場合は卵黄のみが残る。なので、その場合はクレームビュブレっぽい何かを作って何とかしたいという策である。
卵のカラーリングは、一応白っぽい卵の購入に成功したので、青く染めようと思う。そのためには紫キャベツを明日調達する必要がある。なければ、ブルーベリーか。だが、こんな時期に生のブルーベリーなどあるはずもなく、とてもお高い。その場合は冷凍ブルーベリーを使うことになるかもしれない。もしくはビーツでピンクに染めて春らしさを演出か。春っぽくてお手軽な染めだとターメリックで黄色も良いかもしれない。こればっかりは明日スーパーに行ってみないとわからない。
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| 手を組んでベランダの餌にやってくる小鳥を眺めるへろ。一定以上小鳥が近づくと突然吠えて脅かしてあくまでテリトリーを死守する姿勢を保つ。 |
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8 件のコメント:
出ました!肉のゼリー寄せと鯉のテリーヌそしてうさぎの煮込み
おせちと同じ感覚ですね、人間って生き物文化は違っても行事を大切にし去年と同じことをすることに安心を覚える…そんな生き物なのかもしれません。
ラトビアカトリックではクリスマスとイースターどちらが重いのだろう?日本文化でお正月とお盆、いやお盆は形を失って思い出の中にいる人々への賛歌だし正月は私の記憶では「家」という人間集団の結束を高めるえいえいオーの行事だったからどっちが重いと比べられるものじゃないようにも思う。
キリストさんはせっかく復活という奇跡を体現されたのだからその後の布教に精力的に…なんて不届きな今風営業的な発想じゃなくて復活後は間もなしに昇天されてしまわれた、この辺にも何か思想的な裏付けがありそうな気もする。
昨日今日は当地でもスーパーの駐車場は入りきらない車が列を作りマーケットではスリがうろつくとか。えらい騒ぎであります。
こんにちは、さんさん。
もう毎年同じなんですよ。でも、去年のイースターはコロナショックで鯉が手に入らずパイクで代用したらちょっとお味的に残念な感じだったので、今年はちゃんとします。
イースターの方が断然重いです。これはラトビアに限らず、カトリックの場合は全て同じです。この、キリストの復活というのがキリスト教のもっとも重きを置いていることなので、ここが一番重いです。処女懐妊とはいえ、人間マリアから生まれた人間キリストは処刑され死後復活することによって、神の子であり救世主であることを示したってな感じです。キリスト教のもっとも大切なことは、キリストの復活を信じることができるか、にあります。まあ、キリスト教というのはキリストの教えを弟子が広めたというものなので、決まり事のほとんどは弟子たちが決めて宗教にしたといいうものです。しかしながら、ほぼ全ての宗教はそんなものだと思います。
おおせのとおり
仏教だってブッダは自分が口にしたことが体系だってまとめられて言った通りかどうかは別として2000年以上も人の心に影響を及ぼすなんて思ってもいなかった、らしい。
ほとんどの経典はその冒頭に「如是我聞」という文句で始まります”かくのごとくわれ聞けり”という意味ですがブッダはそもそも教団なんて集団を作ろうなんて気もなくてただ「俺ってこう思うんだよなぁ」ってたまたまその時そばにいたやつに語って聞かせた。その語った内容がすげぇ、きくぅっていうわけで口伝えに伝えられてブッダの死後だいぶ経ってから「やっぱ書き残しておかないとやばくね」と記憶していることを文章に起こした、って伝えてられています。
そうか、限りある命一つだけにすがって生きる生身の人にはできない「奇跡」を体現したそれを信じるか信じられないか、宗教に限らず信じるということ、これは恋でも同じですがある程度まで行くと理非善悪の判断などはおっぽっちゃってえいやっと深淵に身をおどらせるような
ことが起こります。
そうですよね、自分のこととしてチンケな判断なんか置いておいて信じる信じきれるか。江戸時代キリシタン弾圧で拷問に次ぐ拷問意識が絶えそうになるその時「どうだ苦しいか、お前の信じる神はその苦しみに何か手を貸してくれているか、救いはきそうか」の一言に転んだ信者が多かったとか。トマスアキナスならなんと言うだろう。
管理人さん、こんにちは。へろ君、テリトリー死守してますね〜。昨日は新入社員やら異動社員やらで職場がバタバタなのに、業務がMAXの忙しさで帰宅後夕食をどうにか流し込むくらい疲れました。が、朝こちらを拝見したら、へろ君の写真で癒やされた〜(^^)真剣なお顔がかわいいこと!今日はお休みなので、のんびりです。
キリストが犠牲になって人々を救った、そして復活した、ということを子供の頃から
刷り込まれていました。犠牲的精神こそ美徳、犠牲こそ善と習いました。
信じる信じないにかかわらず、刷り込まれたものはどこかに潜んでいて、学校時代の
友人とそれ以降の友人とは、ちょっと物差しが違うことを感じます。
鯉のお料理は手がかかりそうで、それでも作る管理人さんには脱帽です。
ヘロ君は優雅にくつろぎ中かと思ったら、縄張りを監視中だったのですね。
それにしても育ちのよい気品のあるワンコです。飼い主に似たのかな
こんにちは、さんさん。
江戸時代のキリシタン弾圧はそれこそ遠藤周作と「沈黙」が心に刺さりました。映画もみたんですけどね、小説を超えることは出来なかったようです。
こんにちは、megmeg殿。
おやすみ満喫されましたか?
へろは普段はとても静かなのですが、根が番犬なのでテリトリーに侵入者が来ると、突然スチャっと立ち上がってドスの効いた声で大音量で吠えます。
こんにちは、紫陽花さん。
そうなんですよね。小さい頃からキリスト教の人と比べると、大人になってから洗礼を受けたいとかいう人は越えなければならないハードルが結構高いです。
本日、めでたく鯉を入手することが出来ました。明日がんばります。
へろは生まれが良いので飼い主に似たわけではありません(笑)。
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