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2021年4月8日木曜日

エスプレッソカップ (リガ陶磁器、ソビエト時代)

 今日もママのコレクションをご紹介しようと思う。

昨日のエスプレッソカップは東ドイツ製のものだったが、本日ご紹介するのはリガ製のものである。

大きさはこんな感じ。手のひらにすっぽり収まるサイズである。

とてもラトビア的な模様のそれは薄く薄く焼き上げられた繊細なカップである。






全部で6セット残っている。本当にとても薄く作られている。

少なくとも管理人がラトビアにきてからこれらのカップが使われているところをみたことはない。旦那にどうしてこのカップが家にあるのか聞いてみたところ、エスプレッソマシーンを持っているかどうかは別として、ラトビア人で濃いコーヒーを好む人は多く、このような小さなカップが好まれたということであった。コーヒーの淹れかたも当時はフィルターを通してというものではなく、弾いたコーヒー豆をポットに入れ、そこへ直接熱湯を注いで、コーヒー豆が沈むのを待ってカップに注ぐというものであった。そのため、コーヒーの濃さは自由自在で、たくさんのコーヒー豆に少ない熱湯を注げば濃いコーヒーを作ることが可能だったわけである。

確かに、管理人がラトビアへ来た当初はどこの家でも普段はカップに直接コーヒー豆をひいたものを入れ、そこへ熱湯を注いで豆が沈むのを待ってコーヒーを飲んでいたものである。そうすると飲み終わったカップにコーヒーかすが残るのだが、それをまた豪快に流しに流していたものである。

コーヒーといえば、やはり管理人がラトビアへやってきたばかりの頃、教えてもらった飲み方が「レモンスライスを入れて」であった。コーヒーにレモン?これが全然よく合うのである。お試しあれ。



12 件のコメント:

現役lecturer さんのコメント...

> 弾いたコーヒー豆をポットに入れ
オスマン・トルコの影響ですなぁ。この手法はユーゴスラビア、チェコ、ハンガリーなどの東欧にも入っていました。ソ連崩壊以来、アメリカ系の影響もあって、エスプレッソ・マシーンが取って代わりましたが。
ハプルブルグ家の影響の濃い、オーストリアでは、エスプレッソでしたがねぇ。
1990年代前半まで、ドイツもコーヒーに重い関税をかけていまして、税関で125g以上のコーヒーの持ち込みは申告が必要でした。

Mikija さんのコメント...

こんにちは、現役lecturerさん。
そうですね、トルコ風と言われる入れかたですね。原理は現在のフレンチプレスと似たり寄ったりなのでコーヒーの美味しい入れかたには違いないと思います。ただ、コーヒーかすをシンクに流すんでコーヒーの脂でシンクが汚れて、勘弁して欲しいなあとおもってました(笑)。
1990年代までと聞いて、つい最近だなあ、と一瞬思って、あっれ、30年前の話じゃんと我に帰りました。

さんさん さんのコメント...

一体私はもうミスインプットや訂正ミスとは手が切れないようになってしまったのだろうか。キーインしたあと読み返して「ウンこれでよし」と思ってから送信ボタンを押しているはずなのに。どうもお見苦しい文面でごめんなさい。

今日のカップの模様はなにか近代ヨーロッパ文明発生以前に存在した、日本で言えば縄文文化のような匂いが感じられます。
人間の血の中に眠る太古の息吹、いま目をさます、なんて印象。

せいぜい40年ぐらい前まではオーストラリアで飲み物と言えばお茶、イギリス伝統のリーフティーを入れたティーポットと白湯を入れたポット(お茶が濃くなりすぎた時の薄め用,後お代わり用でもある))がセットで運ばれてくるもの。これに砂糖を3倍も4杯も入れてミルクもカップに半分ぐらい入れてぬるーくなった「お茶」をすする、そんな世界でコレは!と恐怖を感じたものですがいつの間にか4つ星のホテルでもポットにはひらひらティーバッグのタグが、とあれよと言う間もなくお茶よりもコーヒーが、それこそどんな田舎でも歩道にテーブル並べてカフェが大流行り。
それもこれもオージーの野天での飲み食い好きと昨日までそこらで遊んでた娘でも(つまり安く使える)まともっぽいコーヒーが淹れられるコーヒーマシンの組み合わせの妙でありましょう。しかしなんで金出してモーニングコーヒーを排気ガス吹きかけられながら道端で飲まなきゃならんのだろう。

Mikija さんのコメント...

こんにちは、さんさん。
ミスタイプなんてオッケーですよ。
縄文っぽい感じ、私もそう思います。このカップ&ソーサーは1970年代前半ぐらいのもので、もちろんソビエト支配下のものですが、作られたのがリガの陶器作成所だったので、ラトビア色がとても強く出ています。ラトビアの古い土着信仰のイメージが模様として使われている印象を受けます。
コーヒーも紅茶も緑茶も、実は家でまったり飲むのが一番だったりしますよね。

紫陽花 さんのコメント...

もしお店でこのセットを見たら、騒動買いしてしまいそうです。
カップの柄の色から一色とった無地のお皿、柄を取った一回り大きいお皿、
こういう組み合わせのセットは見かけたことがありません。
厚さが薄いそうで洗う時には細心の注意がいりそうですが、大事に洗いたくなる
カップです。自分の好みは偏りがちになるので、こういうお母さんが大事にされて
いたものを使ってみるというのは、食卓に変化が出て素敵です。

さんさん さんのコメント...

へ?ラトビアの習慣ではティーカップのソーサーは大小2枚組なんですか?私はてっきり下の大きい方のソーサーはケーキ皿で管理人さんが組み合わせて「色違いが組み合った方が綺麗でしょ」って合わせられたのかと思いましたよ。

時はジリジリと進んでもう4月も半ば、北国でももう「暖かく」なんて言っていない”春たけて”という時候だろうと思います。
そうなると待ち遠しいのが芽吹きの美しさ、私は新緑も大好きですがあの茶色一色の裸の林の梢がある日うっすらと水で薄めた緑色がサッとひと刷毛筆がいれられたように見える芽吹きの感動が忘れられません。
無い物ねだりなんですが前に書いたように落葉樹が一本もないオーストラリアの常緑の林からでは得られない、いやそれはそれで感動する美しさはあるのですがあの春先のほんの一日か二日だけの芽吹きのあわあわとした感動はねぇ。

紫陽花 さんのコメント...

管理人さん 
打ち間違いです。騒動買いでなくて衝動買いです。

さんさんのおしゃる通り多分一枚はケーキ皿だと思いますがどちらを組み合わせても
いいような使いまわしのできそうなお皿です。そういう意味で無地の色のお皿が
カップとセットになっているのはあまり目にしたことがないなあと思いました。
食器棚には好きで買ったもので使っていないものがいっぱいあります。使ってこそ
値打ちがあると思うのですが、思い入れが強くて買ったものは割ったり欠けたりさせたく
ないので、結局持ち腐れ状態です。人生も後半、いつ何時どんなことが起こるか
分からない年代ですから使った方がいいのかもしれません。

megmeg さんのコメント...

管理人さん、こんにちは。これまた眼福。まさしくコレクションですね。写真の最後のカップが好きだな〜。軽いものを選ぶ、使い勝手もよいものを選ぶ、何より自分の好きなものを選びたいです。ママ様、たくましくセンスのよいママ様。今でもファンです!

Mikija さんのコメント...

こんにちは、紫陽花さん。
確かに、一色で柄の入っていないソーサーはあまり見かけませんね。私も2枚目の少し大きめのお皿はデザート用だと思います。おそらく、分けて出すより重ねた時の効果を狙ってのデザインだと思います。使わない時でもカップボードの中で場所を取らずに見栄えが良いとか、もしくはテーブルに出すときに重ねて出して、ケーキが登場したら広げるとか、かと思います。
お気に入りの食器は使うと欠けるかもと思うと客人がきた時だけとかに自然となってしまいますよね。私はママからそして私の母から受け継いだ食器が多すぎて自分ではほとんど買ったことがありません。イータラのお皿が何枚かとマグカップだけですね。これが重くて使い勝手が悪いんですが、割れそうにないぐらい分厚いというものです(笑)。
ミスタイプは私も日常茶飯事です。大丈夫です。

Mikija さんのコメント...

こんにちは、さんさん。
いやはや、こちらはまだ寒いんですよ。朝方は0度近かったり、日中でも4℃とか。たまに10℃ぐらいになると、「あったかいねえ」なんて言ってます。まだバルコニーでのシャンパンはお預けです。
やっぱりラトビアでは4月が終わるまでが長いです。木々の黄緑色の新緑が出始めると、それはもうあっという間に街中が黄緑一色になります。あれが一番美しいですよね。

Mikija さんのコメント...

こんにちは、megmeg殿。
ママコレクションはこれからも少しづつお見せしていきますね。沢山あるんですよ(汗)。
アイロンとかすごいですよ。megmeg殿のコメントでママも喜んでいると思います。

さんさん さんのコメント...

あっちゃぁー、まだ日中でも4度なんて日が!さすがは北国、しかしのそ「耐える」記憶がなければあの夏至祭の喜びはよそ者には本当のところはわからない、のでありましょう。

どっかで読んだぞ「七月…まだ夏ではない。八月…もう夏ではない」ってセリフ。

大きな焚き火とワインと踊りと…そして羊歯の花を探しに手をつないで
昔そんな日もあったなぁって空を見上げる私でありましたよ。