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2021年11月13日土曜日

晩秋

 何年か前に、ノルウエイに数年住まれたご夫婦がラトビアに移られて、

「ラトビアは四季があっていいですねえ」

と話していたのを秋になる度に思い出す管理人である。

大量の落ち葉ももう落ちきって、アパートの管理人さんたちはそれを袋詰めしてきれいにしてくれた。そろそろ明け方ぐらいにマイナスの気温になる日がちらほら出て来ていて、ああ、そうだ車のタイヤをスタッドレスに履き替えないといけないなあ、という感じである。

そんな晩秋のある日、旦那に電話がかかってきた。旦那のいとこが発作で倒れて入院したという知らせであった。そのいとこはベラルーシとの国境を接する街に住んでいて、大きな農場を受け継いだのだが、それを切り売りして飲んでしまい、最終的にはほんの一握りの土地と崩れかけた家で一人で暮らしていたのだった。大昔に離婚し、子供はイギリスへ移住してしまった。事実上誰もコンタクトしないような感じであった。他の親族からも見放されていたのだが、うちの旦那とは子供の頃からの仲良しだったので、毎年夏に訪れたりしていたのだった。彼はようやく今年から年金をもらえるようになり、喜んでいた矢先の不幸であった。

とにかく電話をしても繋がらない、旦那が毎月の電話料金もテレビの契約料も支払っていたのに通じないのはおかしい、と思っていたところであった。幸い、自分で救急車は呼べたようで今は容体も安定していて入院しているということであった。旦那がその入院先に電話して様子を聞いたところ、発作の後遺症で話すこともままらならず、喋っていてもほとんど何を言っているのかわからない状態で、食事も自力で取ることができず誰かの介助がないと無理だということで、もう家に戻ることはできないということであった。つまり、公的な介護施設の空きを待ってそちらに移るということである。携帯電話が通じないのは、単に充電されていない、彼にはできない状態だし、充電しても彼はまともに話せないので必要ないという見解のようであった。

ただ、全く無一文の彼でも病院は彼を追い出したりしないし、介護施設の空きが出次第、そちらに移ることができるということは救いである。おそらく彼の年金が介護施設の費用に当てられるのだろうが、体が動かないのならそれが最善と言えるのかもしれない。



4 件のコメント:

かまくら さんのコメント...

ご自分で救急車を呼べて、本当に何よりでしたねぇ。
数年前に、うちの旦那さんのたった一人の親友が、冬に自宅で孤独死されてから、冬に近くなると本当に悲しくなります。旦那さんはリバプールなんていう所に結婚を機に移ってしまったので、連絡が取れなくなっても仕事の都合で家を訪ねることも出来ず、間に合った間に合わなかったを問わず今でもそれを申し訳なく思います。
人が一人で暮らすということの大変さを考えると、こうして人と一緒に暮らしている事の有り難さをしみじみと感じます。
介護施設に移って、たとえ知らなかった人とでも、誰かが側にいるだけで少しは安心出来るといいですね。

紫陽花 さんのコメント...

独居で生活している人は高齢であってもなくても病気になった時には様々な問題がこちらでは特にあるようです。
50,80問題というのもこちらにはあります。高齢の親と一緒に生活をしている親の年金を頼りに生活が成りたっている独身のニートは親が亡くなると生活が破綻してしまい、世間との繋がりも希薄で事が起こってから人目に触れることになります。一人暮らしは健康であれば個人の自由ですが、ひとたび病気になると個人の問題ではなくなって
誰かの手を支援を受けなければなり立たないということも頭に入れておかないといけないことです。

Mikija さんのコメント...

こんにちは、かまくらさん。
わかります。独り暮らしで亡くなってしまうと、周りの人々も大きな心の傷というか、何故助けてあげられなかったのだろうという気持ちに苛まされます。この旦那のいとこさんにはコロナが流行ってから一度も会えておらず、それで今回の知らせで暗い気持ちになっています。
一人でも自由気ままが良かったのか、とにかく誰かが一緒にいてくれる生活が良いのかはわかりませんが、誰かが一緒にいてくれることで得られる安心は大きいのではないかと思います。

Mikija さんのコメント...

こんにちは、紫陽花さん。
病気はいつやってくるかわからないので、やっぱり一人暮らしはリスクが高いなあと思います。一人なら好き勝手できるというのもありますが、一歩間違えると死に直結してしまいます。人はやっぱり人との付き合いを絶って勝手にやっていけるものではないなあと思います。