友人のお父さんが亡くなった。91歳ということで大往生と言えるのだと思う。
友人のお母さんは90歳で最後のお別れで棺の中のお父さんの顔に手を伸ばし、愛おしそうに撫でていたのが印象的であった。彼らは66年間夫婦として暮らしてきたのだそうだ。お父さんのここ数年は目もほとんど見えず、足腰も弱って車椅子での移動だったということである。そうなるとトイレにも一人では行けないので24時間体制の看護が必要になるわけである。日本ならまず間違いなく介護施設でという話になるが、ラトビアではほとんどの場合自宅で家族が介護をすることになっているのである。
今日のお葬式はルテランの教会の方式のものであった。ルテランのお葬式は管理人は初めてであった。ラトビアは土葬が多いのだが友人は火葬にすることを選んだので、そういう場合は花輪とかでなく単なる花束を持っていくことになる。
あの英国のエリザベス女王の葬儀の際に、教会内に安置された棺がお葬式後に地下へ降りていくという場面で管理人は結構驚愕したのだが、今回はそれと同じ風景を見ることとなった。参列者が持ってきた花束を全て棺の中に入れ蓋をしたら、棺が地下へと降りていったのである。
さて、お葬式の後には必ず「お葬式食事会」が催されるのがラトビアでは普通である。
長テーブルに参列者が座って食事をしながら故人の思い出話をするのである。突然誰かがすっくと立ち上がって思い出話を始める。そしてその話は「故人の思い出のために飲みましょう」で締め括られる。
友人のお父さんは合唱団の一員だったので、では歌いましょうとお友達たちの素晴らしい歌声を聞くことができた。
とても暖かいお葬式であった。
2 件のコメント:
お友達のお父上のラトビア風お葬式、現地の風習になれていらっしゃっていてもお葬式となると勝手が違い緊張なさっていらっしゃいましたでしょう、お疲れ様でした。
会葬者のささげた花束(そう花輪じゃお棺の中に入らないですものねぇ)を棺の中に全部入れて、ここまで読んで初めてなぜ花束でないといけないのか分かりました。
人の死は別れ、それは旅立ちと捉えることで別れの会食とつながりここの気持ちは日本もラトビアも民族は違っても同じですね。昔の日本でも旅人を見送ってここで別れるというところで必ず飲食を共にする習慣であったそうです。
葬儀の後の会食はオーストラリアじゃなかったなぁ、まぁあの国は葬式も結婚式も「襟」のついたものを着てさえ在れば集会への敬意を払ったものとするというくだけた国ですからねぇ。
それにしても教会にそんな貨物移送用エレベーターみたいな仕掛けがあるとは初耳でした。
今まで僧として沢山の方々を送り出してきましたがもう私ももうちょっとで84、今度は私が彼方へ行く日が近づいているのが実感として感じられます。在るものは絶えず変わり常なるものなし。。。と言われますが棺に納められた夫の顔を愛おしげに撫でられていた老夫人の描写は変わるのが常の人の世に流れに逆らい愛を紡ぎ続けた老夫婦のご努力を思い私の胸に刺さりました。
さん
こんにちは、さんさん。
今までこちらで結構な数のお葬式に出たのですが、カトリックのものだけでした。今回はルテランでさすが簡素化の宗派だけあってお葬式の長さも構成もさっぱりしたものでした。カトリックだとお葬式のミサを一通りやって、その後墓地へ行ってそこで埋葬の儀式があるんでそれはもう長いんですよ。冬だとかなり辛いです。でも今回はこざっぱりしたお葬式だけで火葬ということでとても短かったです。
なんとなく、歳を少しづつ重ねるたびに後何回この毎年の行事をいつも通りに過ごすことができるのだろう?と頭をよぎりますが、考えるだけ無駄だと最近は思うことにしています。
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