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2024年1月11日木曜日

嫌な忙しさ

1月は懺悔の月というか贖罪の月というか、追試まみれの月である。

もしちゃんと課題をこなして定期テストに全て合格していればクリスマス前に最終グレードが発行されて楽しい年末年始を迎えられることになっているのだが、そうならなかった学生はこの1月に追試に合格しなければならない訳である。

そして2月から新しい学期が始まるのでその準備である。
これまではコロナ禍ということもあって、オンラインの試験を特別な監視ソフトとともに運用してきたのだが、そのソフトの契約を打ち切ると大学側が決めたのでオンライン試験ができなくなった訳である。昔のように紙ベースの試験へ逆戻りである。

紙ベースの試験の採点はマニュアルである。紙資源の無駄使いと人的リソースの無駄使いだと管理人は思っている。今までオンラインだった試験問題をいちいち紙おこししなくてはならない訳である。というような感じで、何だか訳のわからない「デジタルから紙へ」という作業をしている管理人である。絶対に時代に逆行しているので気合いも入らないし、全くやる気がしないのである。そんなわけで毎日嫌な感じで忙しい。

ね、ぴえち。今度定期テストの時は一緒に大学へ行って、カンニングしようとしてる学生を見つけて「うーわん!」って教えてね!とか変な話かけをしている管理人であった。

8 件のコメント:

紫陽花 さんのコメント...

管理人さん こんにちは。
ラトビアのようにデジタル化が進んでいる国でも試験はペーパーでと要求されるとは意外です。学生さんに追試にならないように頑張ってもらうしかありませんね。お疲れ様です。

megmeg さんのコメント...

管理人さん、こんにちわ。大変な仕事もぴえちのおかげで何だか楽しそうな(笑)
いや、少しは楽しまないとやってらんない〜ですね!ぴえちはよい相棒のようです。

Mikija さんのコメント...

こんにちは、紫陽花さん。
そうなんですよね、時代に逆行してますよね。コロナ禍が終わって出来るだけ対面式に教育現場を戻していこうということの一環のようです。ペーパーテストは紙を大量に使うのでその面でも憂鬱です。

Mikija さんのコメント...

こんにちは、megmeg殿。
ぴえちは良いタイミングで仕事のブレイクを作ってくれます。集中も大事ですがブレイクなしで仕事を続けると疲れやすいですし。こちらは再び最高気温がマイナス週間に入りました。

さんさん さんのコメント...

管理人様
「試験」についてのご意見を拝見いたしました。記事を拝見した限りでは管理人さんのお考えでは授業はコレコレの量のデータを受講生たちの頭に転写しようとする努力なんだ、と。だから教える方は教える知識をできるだけすべての学生の脳裏に移し替えようとし受け取った学生は授業で受け取ったデータを可能な限り自分んの脳に蓄えようとする、これが「学ぶ」ということだとお考えの様に受け取れました。
私の考えではいささか違っていて、授業を聴講した学生は受け取った知識のデータを可能な限り正確に自分のん記憶にとどめるだけではなく新たな問題に対面した場合それらの知識などなどを駆使して問題の解答をひねりださねばならない。
それが学生生活に定期的に襲いくる「試験」というものだろ思います。
この場合学生に問われているのは単に答えを構築するだけではなく、どうして、どうやってその問いに対する答えとしてかくかくしかじかの結論に至ったのかを論理的道筋を思考の足跡として答案用紙に書き残す必要があると存じます。
つまり量的なyesかnoかの判断だけではなくその判断にいたった思考の経過、足取り、も回答に含まれるの意ではないでしょうか。

昔々今から半世紀以上前の試験で問題はただ一行「〇〇について識っていることを述べよ」と出題された先生がおられたそうです。


Mikija さんのコメント...

こんにちは、さんさん。
試験とかテストとかは答えを選択してAとかBとか答えるものもありますが、記述式のものも含まれています。特に私のテストにはリスク計算とかが入っているので、計算の過程を説明しながら答えないと点数が上げられません。
デジタルの試験というとマークシートみたいなもののように思われるかもしれませんが、実際は紙のテストと同じです。文章を手書きするかキーボードで打ち込むかの違いだけです。ご安心を。

さんさん さんのコメント...

デジタル試験のこと安心いたしました、たとえ一瞬なりと管理人さんにご不快の念を抱かせたのならお詫びいたします。(そんなんじゃないって、とおっしゃるお声が聞こえて参りました)。

管理人さんの真似をしたわけではないでしょうが一週間ほど前に風邪を、それも強烈なやつを引き込み38〜41の間を彷徨っておりました。

41度オーバーが定着したらこれはもう入院一択とは思いましたが集団生活は何度もやって来た人生とはいいながらなるべくはもうしたくないもの、体温計を握りしめながら判断の時を待っておりましたら今朝根が覚めたらら確実治りつつある兆候が感じられるではありませんか。
むかしから「**かぜひかない」などと申します、これで私も最後のテストを潜り抜けただの風邪なんかじゃないもっとしかつめらしい病名の名の下にあっっ地に行けることができそう。

最も八十四ともなると発熱で震えていてもあれはどうしたこれはこうする。。。などと遺言の内容を頭でなぞり返したりして小学生の頃の風邪ひきの「もうなんともないのに」お粥と寝床から離れちゃいけません状態の退屈一色の時間の長さを思い何かぼーぜんとした気持ちにもなりましたです。

Mikija さんのコメント...

こんにちは、さんさん。
おお、インフルエンザですかね?お大事になさってくださいね。ラトビアもインフルエンザが大流行しています。何だかウイルスも凍って地面に落下するぐらいの寒さですが、そこはしぶとい奴らなようです。
ああ、分かります、相部屋の病室ぐらい居心地の悪いものはないですよね。私の場合、入院すると「ラトビア語だけでサバイバルターイム!!!」って感じですよ。日本の病室ならあるベッドごとのカーテンがないんですよ。