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2021年12月21日火曜日

クリスマスに思う

我が家のクリスマスツリーはまだ完成形ではないという理由で、旦那から掲載許可が降りなかったのでまた明日と言うことでお願いしたい。 

さて、家族が集まって過ごすのがここラトビアでは普通である。

我が家では夫婦と犬1匹のクリスマスであるが、普通は3世代ぐらいが集まって賑やかにテーブルを囲むのが普通である。我が家もママがいた頃はクリスマスが近くなるとママのお友達を呼んでお茶会とか色々あったものである。クリスマスが近づくと家での義務が増えすぎて必ず体調を崩す旦那、そして、マイナス気温の中での窓掃除。一体どこからこんな大量の肉が?という凄まじい料理の量。一体こんなに誰が食べるんだ?我が家は3人しかいない。もしやこの戸棚の奥に秘密扉があってそこにもう一家族ぐらい住んでるんじゃ?とか思ったものである。懐かしいものである。

あれからだいぶ時が経ったが、それでも我が家のクリスマスのルーチーンは変わらない。掃除に手抜きはある。料理の量はちょっと減った。

実はそろそろ、ママと一緒に暮らした年月より二人暮らしになった方が長くなるのである。

クリスマスにはこれを用意するのを忘れないでね

と亡くなる直前のママに念を押されたものがある。
小麦の種子を炊いたものをほんの少しだけ、蜂蜜を水で薄めたものに浮かべたスープというか飲み物というか、である。クリスマスの食卓で祈りをささげ、オプラークという薄い板状の「パン」を皆で分け合ってから、このスープを飲むのである。このスープにどんな意味があるのかは旦那も知らない。ただ、粛々とママの言葉を守るだけである。


9 件のコメント:

さんさん さんのコメント...

前にも書いたような気がいたしますがこうやって一つの家族という小さな集団の伝統の灯は受け継がれそれがより合わさって変化しながら根は残って伝統という強いものになってゆくのだ、はるかな昔民俗学の教室で聞いた覚えがあります。いい嫁さんもらった旦那様は幸せだなぁ。
丸くて薄くて味のないクラッカーの如きもの、あれにペースト塗ったらビールのつまみに良さそう、なんて。高校生の頃興味津々で近所のカトリック教会のクリスマス深夜ミサに出て祈りが終わって信者一同祭壇の前に出て”えぇ〜ん”って舌を出すと(オジィさんやばぁちゃんが一斉に舌出してるのって初めて見た)神父さんが何やらもじゃもじゃ言いながらくだんのサカタのクラッカー如きものを乗っけてくださる…
清貧であるように、うまいもの食って楽をするだけを追っかけてはいかんよ…と聖書に書いてありましたっけ。
「お話第2号」お送りいたしました、ご査収ください。

megmeg さんのコメント...

管理人さん、こんにちは。ご無沙汰していました!実母にいろいろあり(母は元気です、娘よりも!)、怒涛の2ヶ月間でした。自分のお休みがとれるようになったので復活?させていただきます。
さんさんのお話!楽しみがまた増えてしまいました、管理人さん、さんさんさん、ありがとうございます!

さんさん さんのコメント...

megmegさま
あなたのそういうお言葉がまだ書いてもいいんだなと自信をつけ何をどう書いたら皆さんが喜んでくださるだろうと工夫する力になります。
管理人さんだって同じことせいぜいみんなして褒めましょう。

紫陽花 さんのコメント...

御ミサ(どうしてもミサとは言えないで”御”ミサなんです、私的には)の時、信者さんが聖体拝領で進み出て神父様(これまた”様””なんです、”さん”でなくて。刷り込まれたものは上書き出来ないのです)からもらうパンが一度食べてみたくて、それ欲しさに洗礼を受けようかと子供心に思っていた時期がありました。
管理人さんのお宅に伝わる儀式もきっと何か意味があるのでしょうね。管理人さんのお話ではラトビアの人は体が大きいということでしたが、やはり肉類の食べ方が日本人より多いのもあるのかなあ、と思いました。

Mikija さんのコメント...

こんにちは、さんさん。
あの教会でパンをいただくのは実は結構なハードルがありまして、信者でかつ、そのミサの前までに告解(懺悔ですな)をしなければパンをいただくことができないのです。というわけで、クリスマスや復活祭などの特に重要なミサの前は、普段あまり教会へ足を運ばないような人たちが告解をするために行列を為します。パンをいただく儀式の時に前へ出て行かずにいる人たちは告解をし損なった人々なんです。
さて、さんさんのお話第二弾は日本人のマインドがクリスマスからお正月へとはっきり切り替わる25日に掲載させて頂こうかと思います。

Mikija さんのコメント...

こんにちは、megmeg殿。
お帰りなさい!怒涛の二ヶ月、乗り切って良かったですね。ほっと一息ですね。さんさんの話第二段は25日になります。お楽しみに!

Mikija さんのコメント...

こんにちは、紫陽花さん。
ラトビア人には肉が好きな人が多い印象があります。ただ、若い女性の間では菜食が流行っていて、スーパーにもビーガン食とかのコーナーがあります。魚を嫌う人も多い印象です。
背の高さには栄養事情がとても反映されることが多く、ラトビアも民族博物園とかで昔の家とかを見ると、まあ子供用?と思うぐらいの小さなベッドが並んでいて、昔はラトビア人もこんなに小さかったのか!、ということが見えます。

かまくら さんのコメント...

信じている宗教があって、それに沿って生活していた人というのは、周りの人に与えるものも良い意味で重いのだと思いました。
多分、連綿と受け継がれてきたものなのでしょうか。スープの意味が分からなくとも、続けていく事、それに意味があるのでしょうね。

北欧の人はやはり大きいと思います。イギリスにいても、自分の目線のすぐ下に前を歩く人のお尻があると、毎回「西洋人には勝てない」思いますが、北欧(特にデンマーク?)のドラマなどで俳優たちの身長の大きさを見ると、次に思い浮かぶのは「介護する側は大変だろうな」です。でも、だからでしょうか?北欧は介護の商品やアイデアも進化していますね。コメント欄へのコメントになってしまいました。すみません。

Mikija さんのコメント...

こんにちは、かまくらさん。
いやー、私がこの蜂蜜スープをやめたらママが怒って天罰を下してくるような気がして頑張ってます。
ああー、介護までは気がつきませんでした。本当にそうですよね、介護大変ですよね。日本で働いていたときにオランダ人の同僚が居て日本で出産したんですが、赤ちゃん産まれてお祝いに病院へ行ったら、日本人サイズのベッドに、こう、膝を曲げてなんとかフィットして横になっていた姿を見てなんとも言えない気分になりました。彼女の旦那さんはもっと背が高くて、遠近感が狂うぐらいのものでした。