そこへ訃報が届いた。
旦那の親戚が亡くなったのである。親戚はラトビア南東部に住んでいるため参列するには一泊する必要がある。そうなると、ぴえちは連れていけないのでトレーナーさんにお願いして預かってもらうことになる。そんな日程調整をこなしてとても久しぶりにラトビア南東部へ行くこととなった。
車で4時間ぐらい走るのだが、それは美しい森と田園風景が続くのである。以前はなんやかやと尋ねることがあってほぼ毎年出かけていたのだが、コロナ禍で往来が途絶えてしまっていたのである。久しぶりに会う人々がお葬式で、と言うのはよくあることではある。だがやっぱり、ちゃんと会おうとしておいた方が良かったという後悔がよぎるのであった。
2 件のコメント:
わかります、訃報に接してから「ちゃんと」かを居合わせていなかった自分が悔やまれること、特にこの年になると多くなったような。
いいy、あっち行ってから挨拶するから、なんて思うのも自分がそっちに行く日が実感されるようになったせいですね。
こんにちは、さんさん。
人付き合いだけはおろそかにしたりスキップしたりしちゃいけないですね。後悔は訃報と共にくるって言う感じです。
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