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2025年12月18日木曜日

G. F. Handel - Flavio

今日はオペラの話である。
今週ラトビアオペラで観てきたのはFlavioと言うヘンデル作曲のオペラである。ヘンデルで誰でも知っているのは「もろびとこぞりて」とかである。オペラではアルチーナとかリナルドが有名である。今回観てきたオペラはヘンデルの作品の中ではあまり上演されることのない珍しい舞台で2023年のバイロイトバロックフェスティバルで上演されたものと同じ演出であった。二人のコントラテノール(男性でとても高い音域で歌う)が出てくるのでそのせいで上演が困難なのかもしれない。

舞台はバロックな衣装でコミカルであった。バロックオペラはとても心地よい音楽が続くので心地よく眠りに入ってしまうことも多いのだが、このオペラの演出は寝てる暇もないぐらい工夫が凝らされていて「面白かったー」と思えるものであった。

ただ、一つ言えるのは、オペラは観る前にちょっとした勉強が必要なのである。劇場によって字幕設定が色々ではあるが、字幕を追っていては楽しめない。なのでまずはストーリーを頭に叩き込んでおく必要がある。特にオペラでは何組ものカップルが登場して恋の駆け引きが行われるという設定が多いのでストーリーの把握は必須である。まあ、何を歌っているのかはあまり重要ではない。大抵は「ああ、愛とはなんと強く脆いものか」とか「いとしのあの方をお見かけすると世の中は花に満ちて小鳥たちも愛を囀るのー」とかなので、ああ、そんな感じかと歌詞を追う必要はない。一番良いのはYouTubeで同じオペラの題目を日本語字幕付きでざらっと観ておくことだと思う。そうするとストーリーは頭に入るしどのあたりで有名なアリアが出てくるかも見当がつく。大体オペラは毎回演出も異なるし例え演出が同じだったとしても歌手が違うと全く新鮮にそして生のオーケストラと生の歌声を楽しむことができるのである。

FlavioのYouTube(バイロイトバロックフェスのもの)はこちら

2025年12月16日火曜日

暖冬とクリスマス市場

 今年のリガは暖冬のようである。
マイナス気温や雪もせいぜい2日である。今はもうプラス気温の暖かい12月後半である。

数日前に2cmぐらい薄く積もった雪にぴえちは大喜びで、その翌日に歩道から避けられて積み上げられた雪の小さな山では頭を突っ込んだり掘ったりしていたのである。そんなに雪が好きらしい。

そんな雪ももうすっかり溶けて跡形もない。

リガのクリスマス市場。怪しげな中世っぽいコスチュームの人が怪しい鍋を掻き回している。

11月末のウイーンでクリスマス市場を楽しんだ管理人夫婦だが、今年はリガのクリスマス市場が欧州のベスト3に入ったということで行ってみたのである。確かに、リガのクリスマス市場はだいぶ他の都市のものとは違う。まずキラキラじゃない。電飾は最小限である。装飾で使われているもみの木やその枝は全部本物である。そして何しろ石畳の上でちょっと暗めの怪しげなクリスマス市場なのである。謎に厳つい顎髭を生やしてツーブロックの「えっと、バイキングなんですか?」という感じの無口な男性がひたすら薪をくべていたりBBQをしたりしているのである。うっかり文句を言うと斧で切られるかも、と言う変な臨場感を醸し出している。アクセサリーやミトンを売っている女性達も最小限の愛想である。えっと、これなんですか?とか問い掛ければ満面の笑みで接客してくれるものの、その謎な雰囲気は保ったままである。何しろ怪しい雰囲気で統一されている。ぜひ機会があったら訪れていただきたい。

2025年11月30日日曜日

第一アドベント@2025

 クリスマスまでの4回の日曜日はアドベントというクリスマスカウントダウンのような感じである。通常は四本の蝋燭を用意してそれに一週つづ火を灯すのである。一週めの日曜日は一本だけ、その次の週は2本という具合である。まさにカウントダウンで、クリスマスが近づいてきているなあということを実感する風習である。特に第一アドベントはまさにクリスマス月間の開始日のような感じである。我が家の場合はあちこちのクリスマス市場で買ってきたティーキャンドルの装飾などを引っ張り出してきて、この日から家の中にも電飾を飾ったりするのである。クリスマスツリーは生ものなのであまり早くから飾ると針状の葉っぱがクリスマス本番までにポロポロと抜けてしまうかもしれないのでこれは第三アドベントあたりで調達するようにしているのであった。

もう何年も使い回しているアドベント用のリースとチェコのクリスマス市場でその昔に買った蝋燭で回るメリーゴーランドのようなもの(手前)、そしてつい最近ウイーンのクリスマス市場で買ってきたキャンドルホルダー(右)

ここ数日は気温が0℃を挟んで上下したので犬散歩へ行くと道表面が凍っていてなかなか危ない状態であった。ぴえちは寒いのが好きなのではしゃいでいたが、ぴえちですら道で頻繁に滑っているぐらいであった。人間にはもう真冬用のブーツが必要である。

2025年11月27日木曜日

ウイーン旅行2025

 十何年ぶりにウイーンへ旅行してきた管理人夫婦である。

ウイーンは管理人が35年ぐらい前に初めて単独で国際学会へ出席した地で、結婚してラトビアへ移住してからは初めてラトビア国外のオペラへ行ったという感じである。なんだかんだで多分4回目のウイーンである。今回は4泊で芸術の秋をテーマに予定を組んだのであった。

  • 美術史博物館でブリューゲルを堪能する。
  • ウイーンオペラで「ランモルメールのルチア」を観る。
  • ヨハンシュトラウスII生誕200周年なので関連の催しでウインナーワルツを堪能する

とまあ、こんな感じである。

ウイーンの美術史博物館には世界最大のブリューゲルコレクションが揃っているのである。2019年に日本に来た小バベルより大きな大バベルが展示されており、ブリューゲルと言えばの雪中の狩人も子供達の遊びもある。このブリューゲルコレクションが目玉ではあるが、そのほかにも名だたる画家の絵画が揃っているのである。流石に本物を見ることができるのは感動である。何しろ色が違うのである。

管理人は絵画にカメラを向けるのは好きではないので看板だけ。

オペラはここ数年で聴いた中でピカイチであった。Adela Zaharia(ルーマニア、ソプラノ)がルチア役だったのだが、それはもう驚きの安定と声量で度肝を抜かれた感があった。ウイーンのオペラの観客は割とドレスアップしている人が多く、華やかな雰囲気であった。通常幕間に休憩があるのだが、その際のカフェテリアの予約がネットでできるようになっていたのは時代を感じさせられたのであった。

ヨハンシュトラウスII関連の見どころというのも色々あるのだが、今回は彼の作曲した曲をヘッドホンで聴きながら彼の生い立ちや時代背景を知ることのできるJohann Strauss Museum – New Dimensionsというのに行ってみたのだった。なんと日本語解説もあったのですっかりヨハンシュトラウスIIに詳しくなって帰ってきた管理人である。

上のリストには入れていないが、このヨハンシュトラウスミュージアムの真向かいにはクリムトが創立に力を入れたセセッションがある。ここは建物がいかにもクリムトっぽいので外観だけで満足する人がほとんどだと思うのだが、中に入るとクリムトの描いたベートーヴェン・フリーズという壁画がある。ベートーベンの曲を聴きながら鑑賞するというものである。

さて、最終日の飛行機が午後7時発だったのでせっかくだからエゴンシーレでも観ておくか、とレオポルド美術館へも足を運んだのであった。管理人はあまりシーレを好きではない。だが、レオポルド美術館にはクリムトもあるというし、まあとにかくホテルをチェックアウトしてから空港に行くまで時間を潰す必要があるので行ってみたのであった。だが、シーレも本物は色が違う。行ってみて本当によかったと思う美術館であった。

食べ物は、実は雉の季節だからということで選んだタイミングだったのである。だが、残念なことにウイーンで雉をレストランで出していたのはもう15年前なんだそうで、雉にはありつけなかったのであった。とりあえずウインナーシュニッツェルは食べたものの、ウイーンで唸るような美味しいものには出会うことはなかったのであった。ザッハートルテの有名店は通りかかるたびに長蛇の列ができていたが、管理人は甘いものに興味がないので素通りであった。

もうすでにウイーンの街はクリスマスの装飾で溢れていて、管理人もクリスマス市場で旅の思い出にちょっと変わったクリスマスオーナメントを購入したのであった。ちなみにウイーンの気温はリガとほとんど変わらず0度前後であった。雪も薄ら積もったりしていたのであった。そのため、手袋を外して写真を撮るのが億劫でほとんど写真は取らずじまいであった。

2025年11月16日日曜日

途中経過はとても大事

 現在友人のにゃんこの絵を描かせてもらっている管理人である。絵を描くのは楽しくもあり葛藤でもある。管理人が途中経過を皆さんに見てもらっているのには理由があるのである。それは、「ちゃんと最後まで描けよ」という叱咤激励をいただきたいのと、記録という意味合いである。途中経過を記録することで後で何か納得がいかないような事態の時に振り返ることができるからである。絵も研究も同じで、結局は無駄だと思われる途中経過を残すことで自分の過ちや改善すべき点が後々わかるのである。

そして管理人のお絵描きの場合は、描いた後に写真を撮ってそれを記録し、その後2−3日は途中の絵と睨み合いとなる。ただ眺めてどこをどうするべきかの戦略を立てるのである。戦略と言えば格好が良いが、要は次の一手の模索である。絵は完成させるためにたくさんの工程がある。それを描きかけの絵を見ながら次はどこから着手するべきかどう着手するのかを考えるのである。おそらくプロの絵描きさんたちにはそんなことは必要ないのだと思う。

これは管理人が長年研究でやってきたことと同じである。如何にもこうにも長い間の習癖というのは何をやっても変わらないものである。

2025年11月13日木曜日

にゃんこの絵途中経過(1)

 にゃんこの絵の緒中経過である。

にゃんこの絵で大事なのは眼と鼻のバランスである。ここがちゃんとしていないとなんだか変な顔になってしまう。大事なのは眼と眼を結んだ線とお鼻の両側の穴を結んだ線が平行になることなのである。これはワンコの絵でもとても重要なポイントなのである。なので、一番気を使うところでもある。にゃんこの場合、大抵お目目は大きいのでここを失敗するともうダメである。あと、お鼻もかなり神経を使う部分である。にゃんこやワンコのお鼻には縦線がある。これをぞんざいに描くと印象が全く違ってくるのである。多分この絵ではもう少しお鼻の縦線をぼかしたほうがいいなあと写真を見ながら思うわけである。というわけで、にゃんこの絵の最難関部分を抜けたというのが現在の状況である。

このあとはにゃんこの毛色をきちんと作り上げていくことと、毛並みを表現するために毛にあたった光とかを書き込むことである。そして最後の最後にお髭を書き込んで終わりの予定である。





2025年11月11日火曜日

仕事ノート

 研究者にとって一番大事なことは全てを記録することである。

これは管理人が学生時代からずっとその時その時の指導教官やボスに言われ続けてきたことである。職場も変わるが、もちろんその職場ごとの実験ノートは職場に属しているので持って出ることはない。ただ、管理人の昔と今とではノートに記す内容はだいぶ変わってきたのである。昔は実際に実験を自分でやっていたので薬剤の量やタイミングなどを事細かに書く必要があった。それは再現性の検証にも必要だからである。今はもう自分で実験することなどないのだが、ノートは必要である。頼まれて行った解析も何もかも仕事に関することはいつもノートと共にあると言う感じである。例えば、あんまり関係のない誰かの論文の投稿先の学術雑誌でどこがいいか検討する、と言うような事案であってもノートをとって残すのである。

デジタル時代ではあるが、このノートは手書きである。

ここ数年で多いのは「この解析に用いた元ファイルはここ」と言うようなファイルの保管場所やプログラムの置いてある場所を明確にする内容である。きっとこんなことも全部ルール化すればパソコン内で全てが完結するのだろうが、どうもそこまでは行き着いていない。と言うわけで結局は手書きのノートを書き溜めているような感じである。

そんなノートは薄くておしゃれだとモチベーションが上がる。

まず、薄いことが必須である。と言うのも飽きるからである。それに一冊書き終わったと言う充足感もとても大事なのである。

おしゃれ感は大事である。これは数年残さなければならないと言うノートは装丁もしっかりしていて欲しい。書き込む楽しみもおしゃれノートだったら倍増である。

幾つになっても文房具は仕事を楽しくしてくれる。

2025年11月8日土曜日

将来

 これまでずっと将来を良くするためにどう仕事で頑張ったらいいのかを考えて人生の大半を過ごしてきた管理人である。ただ、仕事を続けての将来は実は永遠には続かないので考え方を改める必要があると気づいた管理人である。

どうやって業績を上げていこうかということを考えるのは実は簡単である。やっていることの方向性さえ間違っていなければただひたすら良しと思ったことをすれば良いだけである。だが、今管理人が直面しているのは引き際を考慮した数年の計画である。ご存知のように管理人は還暦を過ぎている。ラトビアの年金がもらえるようになるのは65歳からである。まあほぼ日本と同じ感じである。なので65歳までは働こうと思っている。なので、どう65歳を迎えるか、そのあとは何年ぐらい働こうか、というような漠然としたものではあるが主に金銭的なシュミレーションをしているような状態なのである。退職年齢は定まっていないが、まあ、70歳まで何らかの形で働けたなら十分である。

高校時代からずっと好きな言葉がある。
「予定は未定であり決定ではない」

確かに予定はどんなに楽しみにしていたものでも憂鬱になるような嫌なものでも必ずその通りになるものではない。だから楽しい予定は実現に向けて努力するしかないし、嫌な予定は先延ばししなが迂回策を撮るのが最良だと思っている。どんなに緻密な計画を立ててもその通りにはならないかもしれない。結局はその場その場での臨機応変な対応がものを言うのである。まあ、なるようにしかならないと言うのが本当のところである。

2025年10月29日水曜日

久しぶりにお絵描き

夏の間にお絵描きを存分に楽しむ予定だった管理人である。
だが、実際に描けたのはほんの少しで、なんというかあれも書きたいこれも描きたいと欲張りすぎたのが原因のようである。そこで原点に返ってワンコやニャンコの肖像画を描くことにしたのである。ワンコやにゃんこの肖像画は描いていてとても楽しい。きっとこのあたりの毛はふわっとしてるんだろうなとか、この真っ直ぐこちらを見つめる目は何を要求してるのかなとか。

そこで友人の猫ちゃんを描かせて!とお願いして描き始めたのである。

ふわふわの長毛種の猫ちゃん。これは下絵。

 これからアクリルで色をつけていくのだが、いつも色付けはなんとなく始めることが難しい。ちゃんと描けるのか心配になるのである。ということでブログでも宣言して、「あの猫ちゃんの絵どうなった?」と時々喝を入れていただきたいと思うのである。

2025年10月13日月曜日

リヨン@おフランス2025_食べ物編

 リヨンは美食の街、ということで特にリヨンっぽいものを選んで食べてきた管理人夫婦である。

リヨン風サラダ。ポーチドエッグが載っているのが特徴ではあるがそれよりも「これでもか!」と載っているカリカリベーコンの量がすごかった。もはやサラダではないボリューム。

クネルという魚のムースのようなもの。巨大なエビしんじょのようなムースをロブスターの濃厚ソースで食べる。なかなか美味しい。このほかにもカタツムリのクネルとかカエルのクネルとかもある。管理人はカエルのクネルに挑戦したがあっさりとした味であった。

牛の胃袋、日本ではハチノスと呼ばれる部位を揚げ焼きにしたもの。食べかけ画像で申し訳ないが、サックサクの衣を退けてみると粒マスタードがふんだんに塗られている。内臓系なのに美味であった。

フランスといえば生牡蠣。これで二人分。生牡蠣は5種類の牡蠣を一人2つずつで合計10個。こんな量をバルセロナで食べたら間違いなく当たってしまう。だが、フランスなら大丈夫。リヨンのような内陸の都市でもフランスなら大丈夫。


ありとあらゆる臭いチーズが並ぶポールボキューズ市場。この小さいやつが山羊系でワインにすごく合う。

左側に見えるタルトがリヨンの名物らしいが管理人夫婦は甘いものに興味がないので写真だけ。どんな味なのかはわからない。

全体的にレストランはリーゾナブルなお値段であった。メインが20ユーロぐらいで大抵のブションと呼ばれるリヨン風レストランではセットメニューがあり、前菜とメインで23ユーロぐらい、前菜とメインとデザートで28ユーロぐらいであった。だが、結構量が多いので管理人夫婦はメイン単品ばかりを注文したのであった。それでも食べきれない量であった。

2025年10月10日金曜日

リヨン@おフランス2025_街並み編

 リヨンはフランス第二の都市でありながらとても落ち着いた街でフランスの良いイメージを凝縮したようであった。パリのような巨大すぎる建築物もほとんどない。二つの有名な丘があり、管理人夫婦はそのうちのフェルベールの丘へロープウエイで登ってそこからダラダラと丘を降りて散策したのであった。有名観光スポットは一番遠くても30分も歩けば到達できるので観光はほぼ徒歩で完結できる。メトロもトラムも十分に張り巡らされているが、散策したほうがより街を散策することができる。

左上、リヨン市庁舎。中央上、フェルベールの丘にあるローマ遺跡。ここの博物館も面白かった。右上、躍動感溢れすぎる馬の噴水。中段左、フェルベールの丘の上に立つノートルダム大聖堂。中段中央、街中の教会。リオンの教会は皆白い壁てとても美しい。中段右、フェルベールの丘からリヨンの繁華街を望む。左下、リヨンといえばポールボキューズ。本店のレストランは高すぎて行けなかったがポールボキューズの名を冠した市場へは行ってきた。たくさんのバーやレストランも併設されていて楽しい。中央下、トラブールと呼ばれる隠し通路。旧市街のあちこちにある。隠し通路の入り口には看板が掲げられているのでガイドが居なくても通り抜けることができる。だが、午前中だけ。右下、リヨンはサン=テグジュペリでも有名なので星の王子さまもあちこちにいる。

リヨンにはその名の通りたくさんのライオンの像がある。教会の入り口だったり主要建造物にもライオンのモチーフを見ることができる。それから街はとても小綺麗であった。ゴミが落ちていることもほとんどない。若者が雄叫びを上げていることもない静かで落ち着いた街であった。

次回は食べ物編。